ネバージェラス、ネイバーグラス

Never jealous,neighbor grass.

 

僕の愛すべき親友・神峰が指揮者デビューを果たした天籟ウィンドフェス、
その成果が2013年最後の校内ジャーナルに取り上げられることとなった。
行事スケジュールから教師陣のマイブームに至るまでを公開するその取材力は、
たとえ目立たないクラブの活動・部員個人の実績においても、微に入り細を穿った名記事にすると人気だ。
われらが奏馬部長も部を代表してインタビューを受けたことだし、
(実は神峰がしょっぱなに指名されたのだが、顔写真が恥ずかしいからと固辞したのだ)、
僕はいよいよ浮足立って、これは代打の指揮で最優秀曲賞を獲れたことがさぞ大々的に載るんだろう、
ついに彼が評価される時が来たか――と、掲示板の前に貼りついていたのだが。

「うわ、なんで神峰に一文字も触れずに、賞獲った報告しか書いてないんだ!
こっちの軽音部のクリスマスライブルポは濃いのに、あーもう! 僕ちょっと新聞部に抗議してくる」
「おい待て、おさえろ! 天籟主催で招待制のフェスより、
体育館で好きに見れる軽音部のライブの方が、ジャーナルにはふさわしいだろ」

いよいよ鼻息の荒くなる僕を、どうどうとなだめすかす呆れ顔が余計に苦々しい。
だって僕にも「見」えているのだ、顔出しを嫌がった彼の右のまぶたの上に、まだ少し残る傷痕は。
張り切りすぎてケガをしたと言いたくないからって、せっかく立てた手柄まで手放すなんて。

「……誇らしげにこそしても、恥ずかしがることなんか何もないじゃないか。
こういうのに載って評判になって、まず周りの皆から実力を分かってもらえば、金管の先輩達だって」

「今はいいんだ、これで。大体周りの評判ですぐ態度を変えちまうなんて、パートリーダーらしくねェよ
……つーかこの一面、センターに映ってるやつ弦野っ!? スゲェ、軽音部も掛け持ったりすんだ!」

掲示板にかじりつかん勢いで感動する素直さに、僕のくやしさもいつの間に削がれてしまう。軽音楽部に
ゆかりはないけど吹奏楽部員には違いない、なのでまずは「おさえて」指揮者志望の指示に従うことにした。

 

隣の芝も色めいて見える、のどかで暖かな初春の頃。
野球部がみごと春のセンバツ初戦突破を決めて間もなく、離任式のための登校日――
異動する先生への惜別と野球部への賞賛が、教室のそこかしこにあふれている。

「一年がレギュラーでホームラン打つって、スゴくない!?
ちょっと前までなんかガラ悪かったのに、心境に変化でもあったのかなぁ」
「おおかた主将に鍛えられたんでしょ。あの人面倒見も良いって聞くし、硬派な雰囲気がいいよね」
「あぁ分かる! 他校の子が練習見に来たりさ~、やっぱりリーダーが良いと結果も出るんだよ、
同じ日にやってた吹奏楽部のコンテストは、あと一歩だったっぽいけどね~」
「あー、だから最近のジャーナルは運動部メインなんだ」

「…………。」
「と、刻阪! あっち見ろほら、校庭に迷い犬が入り込んできてるぞ!」
「いくら僕に心が見えないからって、小学生レベルのウソつかなくても……」

盛り上がる同級生らを立ち止まって見ただけで、神峰は先回りして僕の注意を逸らそうとする。
まあ実際この心はイライラ燃え上がって見えるのかもしれないが、
多くの人がそうであるように、振れた感情がそのまま行動に直結するワケでもないのだ。

ただ、神峰には、そのへんが線引き出来ない。
「見」えることがバレているから、僕の前で見て見ぬフリをすることも出来ずに、こんな風に心配してくれる。

ウソをつけない縛りがあるのは、僕にも彼にも同じこと。

「……あぁ、テレビで生放送って、野球部はいいな! コンクールも中継してくれたらいいのに」
「はは、賛成だ! 勝った時のために、校歌を歌う練習しとかねェと」

うらやんだって仕方ないことに付き合わせて、付き合ってくれて、そんな青さに浮かれるから。
たまたま偶然校庭に迷い込んだ野良犬に、野球部が四苦八苦する景色も見そびれる。

 

育って見えた隣の芝も、よく見ると雑草混じりで手入れに苦労しているらしい、四月半ばの新学期。
部費増額をアテに部員争奪戦も過熱する、中庭での勧誘の時間――オレの愛すべき親友であり、
吹奏楽部が誇るエースの一人・刻阪を遠巻きに見つめる新入生グループの、熱視線に目を細める。

「あそこで勧誘してる吹奏楽部の先輩、すごいカッコイイ……! 一度見学しに行こうかな」
「えー、どうかなー? 確かに顔は良いけど、あの人マニアばりにサックスのこと語ってくるよ」
「そうそう、さっき困っちゃったよね。ぐいぐい来るんだもん、あれは微妙に引いたかな」

「…………。」
「おおい神峰!こちら初心者だって言うんだけど、ぜひお前の視点から高校で始める良さをだな……」
「ま、まあ刻阪、その子も色々見て回りてェだろうし、とりあえずチラシだけ渡さねェか」

「見て回りたい」が「見」えて、さりげなくフォローを入れる。
目を輝かせる刻阪からチラシを受け取り、新入生はそそくさと場を離れる。
そんな光景に『ほらね』と肩をすくめるグループを目の端で捉えて、オレは妙に泣きたくなった。

「ん? 涙目になって、砂埃でも目に入ったか」
「ああ、目に良くねェもんが入った感じだ……。
って、せっかくの勧誘なんだ。実際にサックスを吹いて注目を集めたらいいんじゃねェか?」
「それが、部室以外じゃあんま音出すパフォーマンスはダメなんだってさ。
その点サッカー部や剣道部はうらやましいよ、リフティングやら素振りはオッケーだって」
「そうか……。お前の良さは聞いてこそ伝わるものなのにな」

むうんと口を尖らせる刻阪が睨めっこする、部員総出で案を出し刷ったチラシの束に、
おなじみで人気のジャーナルの一面を思い出した。
それこそ“未成年の主張”くらい、手に余るほどの熱量を、言葉より音にこめられたなら。
聞いてくれさえすれば分かってもらえる、そう信じて疑わなかったが、なかなか甘くもないようだ。

刻阪は、本気で語って、本気で勧誘してるのに。
それが上手く伝わらないのはくやしいし、他の部の方が盛り上がってたらうらやましいし。
とどのつまり、オレ達もお隣さんでお互い様だ。
隣人の領域がどんなに青く美しいか、素敵な居場所か、言い触らしたくてしょうがない――

「――くそう! 音を出せねェならせめて声出すぞ、モコちゃんくらい気合出せ!」
「言われなくても出すよ!そっちこそ、口下手が過ぎて途中でへばるんじゃないぞ」

煽りあって吹き抜ける風すら気持ちよく、体育会系でもないのに息を上げる青空の下。
強引になりすぎず全力は尽くしたその勧誘に、これだと決めた新聞部員のカメラのレンズが
向けられていたと知ったのは、その月末のことだった。