ルックスチョコレート

かつてない最高音質を誇る楽曲データと、その再生に対応した音楽プレーヤーが発売されたらしい。
先駆けて楽曲を発表したのが神峰の好みのバンドというのもあり、じゃさっそく聴き比べてみるか、と
大型の電器店に立ち寄ってみた。案内板を見上げながら背の低い陳列棚の間をあっちこっち、
ああ見つかったと隣を見たら、いつの間にか神峰がいない。

見れば数歩後ろのCDコーナー、ポスターの前でぼーっと立ち止まっていた。
胡桃色の瞳の先には、恋愛禁止の鉄則で知られる、大所帯アイドルグループが微笑んでいる。

「…………。気になる子でも、いた?」
「うわ!? い、いや、逆……区別つかねェなー、って」
「ふうん。じゃ、あっちだったら、どう『見』える?」

忍び寄って驚かせてしまったのも悪びれず、僕は反対側に広く設けられたテレビ売り場を指してみる。
最高画質・4Kと謳われる画面の中では、ポスターと同じアイドルが微笑んでいた――
LIVEのテロップがあるから、生放送の歌番組だろう。神峰は一瞬とまどったけれど、
大きな画面をすいと一瞥しただけで、左から順に指さし述べる(どこか彼女たちを指揮するみたい、なあんて)。

「斜め後ろの子は、心も踊ってる。特訓が報われた、みてェな感じ。
真ん中の子は、前の列で目立っちまうのを、内心恥ずかしがってんな。隣は……あっ、」

曲が間奏に入ってカメラがスタジオ全体を映した時、彼はしまったという風に口をつぐんだ。
スタンバイ中のバンドがちょうどカメラに手を振ってみせた所だったが、
本人は推しのアーティストのサービスに喜ぶどころか、ますます言いづらそうに声を抑える。

「……目はちゃんと客席を向いてても、心は、ベースのメンバー一直線だ。その逆も」
「ぷはぁっ!」

思い切り噴きだしてしまった僕に、神峰はやり切れなさそうに「誰にも言うなよ」と念を押す。
当たり前だ。かくて新たに増えた二人だけの秘密を、そっと聞かなかったことにして――
その傍らで僕は、先日の、神峰の“目”にまつわるある出来事を思い出していた。
 
 
「神峰君てさー、芸能人で言ったらどんな顔が好みなの?」

どこのパートだったか、とにかく、部内の女子達が神峰に振った雑談がきっかけだったのは覚えている。
卒業生らを迎えての演奏会で、「互いの好きなもの嫌いなものを教え合え」なる助言を賜ったばかりなのもあっただろう。
秋の電撃入部から数々のハードルを越えてパートリーダーらの理解も得つつある神峰が、
こうして音楽に関わらないおしゃべりにも気軽に誘われるのは、きっといい兆しなのだろうだけれど。

「えっと……、顔っスか?」
「そうそう! お化粧のしかたとか、清楚系とかギャル系とか。そういうタイプ、あるでしょ」
「他の男子はすーぐ比較して貶してくるから、ここは公平な指揮者眼を参考にしよーかなって!」

すっかりたじたじの神峰は、助け舟を期待してか、少し離れた僕の方をこそりとうかがってくる。
心はすっ飛んで行きたいくらいだったが、いつでも付きっきりでお守りをするのも考えものだし、
何より神峰なら何とか出来るはずだ……。心を鬼にして知らぬ振り。耳をそばだて、返事を待てば。

「……オレは……、特に誰がいいってよりかは、
その人らしい雰囲気っつか空気と合ってりゃ、どんな風でも、一番だなって……。」
「……うわ、すっごい紳士の答えじゃん!! なにそれ、ずるいよ神峰君!」

なんか大人っぽいね、男子どもに爪の垢煎じて飲ませてやりたい、とおしゃべりは再びヒートアップ。
あいまいな苦笑いを浮かべてそっと輪からはぐれる神峰が、すぐに僕の方へ逃げ帰らないのは、
わざと見捨てたことをすねているのか? それとも、もっと皆に溶け込もうとしているのか。
心は見えなくとも、一部始終を見届けて――僕は、それまで薄々感じていたことに、決定的に気付いてしまっていた。

恐らく、神峰はまったく、見た目で人を選べないんじゃなかろうか?

もちろん、他人の顔の見分けがつかなかったり、美的感覚が備わっていないと言いたいのではない。
その証拠に神峰は己の左右ふぞろいな髪型を人並みに気にしているし、愛読する漫画誌ではどの作者の
自画像が面白いとか、ロボットのデザインが好きだとか、僕となんら食い違わずにそんな話も出来る。

ただし彼には、生まれついて、人の心が「見」えるのだ。
自由に制御できない力に振り回された十六年間、まれに経験不足からその方向性を見間違えることはあっても、
神峰にとっては絶対的に、人とはシビアに「心」で判断するものである。
だから、ルックスで選ぶなら、というかなり限定的な質問は、普通の会話以上に答えに窮したに違いない
――なんて分かった顔して歩み寄っても、神峰はやっぱり、あの苦笑いを浮かべるのかな。

「オレにとっちゃ、時々、『見』えねェ人の方が不思議でならねェよ。
心から気さくに話しかけたり、素直に親身になってやったり、どんだけ勇気を振り絞ってんだろうって」
「んな大げさなことは……、あるのかな、やっぱり。神峰と逆で『見』えないから、恐れもない」
「かもなァ、」
「…………。」

神峰はうんうんと頷いたが、そのしっかりした仕草ほどは納得していなさそうに見えた。
違う世界からやってきた人と、違う言葉で話したような印象がした。今、僕と話しているその人は、
間違いなく僕の友達なのだろうか。奇妙な食い違いに目をこすったら、ほんのいっとき視界が霞む。

盲目、というキーワードがふと脳裏をよぎった。見た目で人を選べない彼には、僕には見えないものが
『見』えるという。時として見た目に頼る僕達にこそ、勇気があるのだと、彼は言う。
甘いものをつまむ時みたいな、何の苦もない口で。
 
 
「……しまった、テレビの見過ぎだ!」

店内スピーカーから流れ始めた“蛍の光”メロディに、そろってハッと居住まいを正した。
結局、バンドの熱いパフォーマンスまでがっつり観入ってしまった。これ以上制服姿で長居するのも良い顔はされまいが、
閉店までもう少し時間はある。後回しになってしまった本来の目的のために、僕達は慌てて踵を返した。

神峰はしわの寄った眉間をしきりに揉んでいた。ああ。
誰もまだ見たことのない最高画質、見えすぎるってのも困りものだ。働き者の指揮者志望の目を、こんな風にくたびれさせる。
速足で通り過ぎる陳列棚に売られている、ブルーライト軽減フィルムやパソコン用眼鏡。彼の役には
立たないものは見過ごしていく。そうだいつでも最初から、僕達は一番良い音を求めて、走ってた。

「……どう見えるかなんて、くだらないこと聞いた。ごめん。」
「くだらねェなら、はなから答えねェよ。そんなのよりこの新曲聞け、バンド名だけでも覚えて帰れ」
「……いい音、だよ?」
「ああ。いい音だ。好きな、音だ。」

二つの視聴用ヘッドフォンを二人で使って、同じように聞こえているか、聴き比べ。
世界の見え方が違うお前にも、同じ良い音を届けられるか、聴かせられるか、今一度胸に手を当ててみる。